2022.10.25メールマガジン
指示的に「主体性」を育成するジレンマ
ずいぶん前ですが、ある学生から「主体的になるには、どうすればいいのか教えてほしい」と言われたことがあります。ワークショップ(体験型講座)のなかで、主体的に動くことの重要性を伝えていたので、自分から質問してくれたことは嬉しかったのですが、質問内容の矛盾に苦笑した記憶があります。
しかし、今はこの質問に向き合う必要があると感じています。
学生の受け身の姿勢は年々強まり、主体的な行動が困難になっている。それを実証するような調査データが、先月発表されました。『第4回大学生の学習・生活実態調査』ベネッセ教育総合研究所が2008年から4~5年おきに実施しているデータです。そのなかから2項目を紹介しましょう。
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<あなたは次にあげるA、Bのどちらの考え方に近いですか>
【学習方法】
A:大学での学習の方法は、大学の授業で指導をうけるのがよい
B:大学での学習の方法は、学生が自分で工夫するのがよい
[A] [B]
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39.3% 60.7% 2008年
43.9% 56.1% 2012年
50.7% 49.3% 2016年
57.1% 42.9% 2021年
【大学生活】
A:学生生活については、大学の教員が指導・支援するほうがよい
B:学生生活については、学生の自主性に任せるほうがよい
[A] [B]
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15.3% 84.7% 2008年
30.0% 70.0% 2012年
38.2% 61.8% 2016年
42.0% 58.0% 2021年
ベネッセ教育総合研究所『第4回大学生の学習・生活実態調査』より
https://berd.benesse.jp/koutou/research/detail1.php?id=5772
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大学の学習は、高校と比べて格段に自由度が高くなります。教科書があり、指定された範囲の「テスト」で評価されることは少なくなり、自分で文献を調べてレポートを書いたり、実験したり、チームでディスカッションや発表をしたり・・・。
こうした大学の学びを前提に考えれば、「B:大学での学習の方法は、学生が自分で工夫するのがよい」が望ましい姿と言えるでしょう。実際、2008年時点ではBが約6割と多数派でした。しかし、2021年には約4割まで減少し、「A:大学での学習方法は授業で指導をうけるのがよい」が多数派になっています。
大学生活でも、指示的なアプローチを好む傾向は同様です。2008年時点で「B:学生生活については、学生の自主性に任せるほうがよい」を選択した学生は84.7%と、大多数を占めていました。受験のプレッシャーから解放され、「自由な大学生活を満喫したい」と考える学生が多いというのは納得できます。
しかし、2021年には「A:学生生活については、大学の教員が指導・支援するほうがよい」と考える学生が26.7ポイント増加して、4割を超えました。
自身の知的好奇心や興味関心をふくらませ、学業や大学生活を充実させるのではなく、単位が確実に取れる学習方法、就職活動で困らない大学生活を指導してほしい。指示的なアプローチを望み、従順に受け入れる学生が年々増えているように感じます。
一方、企業が学生に求める能力として「主体性」は常に上位に挙がります。弊社・就職情報研究所『新卒採用戦線総括2023』で言えば、87.8%の企業が「主体性」を学生に求めています(複数選択設問)。この言葉を辞書で引くと「自分の意志・判断によって、みずから責任をもって行動する態度や性質(大辞林より)」とあります。学生の変化の方向とは、真逆と言えるでしょう。
学生の主体性を涵養するには、どんな育成支援が効果的なのでしょう。いま私が心掛けているのは、「主体的に動くことを指示的にトレーニングする」アプローチです。例えば、ワークショップなどでは、最初にワークをおこなって、できないことを実感した後に「どうすればよいのか」を考えてもらうスタイルが(私の場合)一般的でした。しかし、失敗のない無難な範囲でしか行動しない学生が増え、学びが深まりにくくなっています。アクティブな行動を鼓舞すれば、「教えずに失敗させて、恥をかかせた」と反感を持たれることもあります。気持ちが離れてしまえば、もうアドバイスは受け入れてもらえません。
今までより一段ギアを下げて、「主体的に動くことを指示的にトレーニングする」ことにジレンマはありますが、あえてこのアプローチを意識しています。行動の仕方が分からない学生に「自分で考えて行動しろ」と概念的なアドバイスだけを伝えても、求める行動を引き出すことは難しいでしょう。
行動してほしい内容とタイミングを明確に指示して、それによって物事が上手くいくことを実感してもらってから、一連のプロセスを本人に言語化させて、頭と身体に落とし込んでいく。こうした指示的に主体性をトレーニングする必要性は、高まっているように感じます。
〔就職情報研究所 所長 平野 恵子〕
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