2015.04.28メールマガジン
地域限定採用は模索中
前回の本欄でエリア採用についてレポートしたが、こうした新規大卒者の地域限定採用に関する本格的な調査報告書が3月に発表された。労働政策研究・研修機構(JILPT)の「企業の地方拠点における採用活動に関する調査」(以下レポートと略)だ。
これまで政府は、勤務地・勤務エリアを限定した採用について「雇用政策研究会報告」や「望ましい働き方ビジョン」、「多様な形態による正社員研究会報告」、「多様な正社員の普及のための有識者懇談会」などにおいて地域限定採用の実態、普及状況、ハローワークとの連携などについて取り組んできたが、今回のレポートは、これまでの報告や提言を集約、「地方大学の学生が地元にとどまりながら、全国規模の大企業に
採用され、職業生活を全うできる可能性を探る」ことを分析した。
▼現在、大手企業の地域限定社員の募集とはどのようなものか、16卒を対象とした募集要項から見てみよう。
事例1は、積極型で 大手保険会社のケース。
同社では16卒の採用に当たって総合職(全国型)130人、総合職(地域型)139人、法人総合営業職(地域型)540人を採用する予定だ。採用窓口は本社が一括し、初任給など全国型に比べて処遇に違いがなく、勤務地が特定されるだけが違う。
事例2は、専門職限定型で大手医薬品会社。
MR職(医薬情報担当者)を対象に勤務地を限定して採用している。採用は、本社一括。勤務地は、北海道、福島、石川、広島、宮崎、沖縄など30カ所。給与、福利厚生いずれも全国勤務と同じ待遇だ。入社後、全国勤務に変更することは可能。
これに対して事例3の大手化学メーカーは、地域補充型。製造技術、生産技術、製品開発などの技術職のほか人事、経理、調達、物流などを若干名募集している。勤務地は、広島、愛知、長野などの工場。ただし、採用窓口は本社一括。初任給は総合職に比べて約3万円安い。
このほか大手証券は、新卒者をプロフェッショナル社員クラスI(転居を伴う異動なし)とクラスII(すべての部門、勤務地に配属)に区分。クラスIは、働く地域を限定。投資アドバイザー、店頭サービス、オペレーター、事務などの職務を用意している。初任給は、クラスIは22万円、クラスⅡが26万円。採用は、本社で一括採用。クラスIからクラスIIへのステップアップは、資格要件と評価基準を満たすことにより、可能という。
▼こうした事例を見ただけでも総合職と地域限定職の違いが見えてくる。地域限定といっても多くが本社一括採用であり、身分は同じでも職種が限定され、給与などの処遇に差がある。では、この地域限定職の現状を同レポートは、どう分析しているか。調査時期は、昨年の2月で、371社(大企業が6割弱)から回答を得た。これを前提に要点を見ていこう。
まず、最も気になる地域大卒新人採用の普及状況だ。本人の希望で勤務地・勤務エリアなど配属先を決める企業は、16.4%、企業側から勤務地・勤務エリアを限定した採用は、19.4%、地方拠点での独自採用は、9.4%だった。このうち本人の希望で配属先を決める企業は、情報通信、サービス、卸売が多く、企業規模は3000人以上の大企業が多かった。
これに対して企業側から勤務地・勤務エリアを限定する採用は、金融・保険、卸売、運輸・郵便、建設が多く、企業規模は300~999人の中堅企業が多かった。これは、卸売、運輸といった企業が多かったためだろう。地方拠点で独自に新卒を募集し、選考、採用する企業は、本来的な地域限定採用といえるが、まだ1割程度という。実施企業も運輸・郵便、卸売、建設など地域できめ細かく事業を展開する企業が多いのは納得できる。なお、どの地域限定職でも共通しているのは、職種は、販売職がほとんど。営業や技術は少なかった。やはり市場の戦略的な開拓や製品の研究開発は、地方には、任せられないということのようだ。
またレポートでは、地域限定社員の普及のための課題も指摘している。もっとも多かった課題は、「全国型社員との職務の切り分けが難しい」ということだった。次いで「事業所の統廃合にあたって制約になる」以下、「賃金水準に不満が多い」、「応募する人材の質にばらつきがある」、「応募者が少ない」という回答だった。こうした問題点があるために本社一括採用が辞められないのだろう。
▼それでも年々、企業が、地域で新卒を限定採用するようになった理由は何だろうか。レポートでは、次の4つを指摘している。1.仕事と生活の両立支援 2.地元の優秀人材確保 3.人件費削減 4.非正規からの登用。このうち1.は、企業側の配慮というより応募する学生側の事情に企業が対応したからだろう。
地元就職を決めた理由を学生に聞いた調査によると男子学生は、「地元の風土が好き」と回答し、女子学生は、「両親の近くで生活したいから」との回答が圧倒的に多かった。家族とともに生活し、物価が安く、自宅通勤ができて激烈な競争をせずに地元の大企業で働きたいというのが本音だろう。さらに最近の就活のし烈化もある。新卒採用活動の多くは、本社一括採用。そのためエントリー後は、説明会や面接参加のために東京や大阪の本社にたびたび出かけなくてはならない。10数社にエントリーすれば、そのための旅費や宿泊、授業との日程調整など、学生にとって負担は極めて大きい。
こうした変化によって、大学生の就職行動は、「地元志向」の関心が高まっている。だから愛知県のように多くの魅力的な大企業が地元で事業を展開し、独自の採用活動をしていると学生は、県外に出なくなる。こうした若者の職業観の変化や取り巻く生活環境の変化、それに加えて企業の国内市場再編成や地方重視、生産拠点の国内回帰に伴って「地元の優秀人材確保」がある。これが、地域限定採用増加の背景にある。
▼だが、勤務地限定社員には、問題点も少なくない。先の事例にみるように職種が限定され、賃金が低い、昇進のスピードが遅いということだけでなく本社の大卒新人とは期待役割が違う。これらを解消する手段として転換制度やFA制度があるが、実際の活用度は低い。勤務地限定社員の採用は、まだ始まったばかりなので、このレポートでも実態が十分に見えない。大企業においてもまだ模索段階にある。これが現状だ。
▼このように地域限定採用は、地元就職を目指す学生には魅力的であり、条件によっては、優秀な学生の応募者はもっと増えるだろう。そうした期待に応えるために企業の担当者は、次の4つの課題に取り組んだらどうだろうか?
1.地域限定職は、本社による一括採用でなく、事業所独自の採用フローで内定まで出
すことを学生に示す。
2.地域限定採用の目的、処遇、キャリア形成の実態を明確に示す(全国型と同じ処遇
にしなくてもよい)。
3.入社後、地域限定勤務から全国勤務への転換制度の導入と実績の公表。
4.地元大学との連携を強め地域限定採用の理解と普及。
若い人材を採用する立場からすればグローバルに活躍してほしいというのが基本だろう。だが、さまざまな事情や職業観で地元と企業への就職を考えている学生も少なくない。そうした学生が活躍するチャンスとして地域限定採用の普及は、これからの企業の課題だ。
レポートでは「大企業の地元の事業所で働くための道筋は、限定的な形でしか存在していない」と残念な結論をのべているが、地域限定採用においては、大学のキャリアセンターが有力な採用経路であるだけに企業と大学は拡充への問題意識をもって課題を克服してほしい。
[15.04.28]
就職情報研究所 顧問 夏目孝吉
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