2015.02.03メールマガジン

企業と大学でもっと論戦を

◇就職ジャーナリズムの歴史を振り返ってみると、採用活動に熱気があったのは企業、大学、日経連、労働省など関連団体による就職協定締結の時期だった。その当時は、新聞、雑誌を舞台に大手企業の部課長が盛んに人材論を語り、主要私大の就職部課長も企業の採用活動に注文を付けていた。

しかしその後、企業による協定破りが相次ぎ、日経連が監視役を降り、無協定時代が続いたが不況に突入。内定取り消しが相次ぎ、就職率は低下の一途をたどり、「就職氷河期」が到来。企業、大学のそれぞれが勢いをなくしていった。

2000年代になってからも新卒採用の話題は、フリーター、ニート、非正規労働など、雇用構造や働き方の多様化、雇用政策全般とキャリア教育の問題へと移っていった。そして気が付けばマスコミでは、新卒採用の話題が大幅に減っていた。記事の多くは季節の話題として、就職活動開始の光景や就職内定率の数字、そして大学就職ランキングだけとなった。

だがここ数年、大学生の就職をめぐる話題は、もっと根本から大きく変化してきた。これは、わが国の産業構造の変化に新卒の雇用構造も変わろうとしているからだ。その方向がどのようなものか、新卒の採用構造がどう変わるのか、これからの人材はどうあるべきか、大学はどのように人材を育てるのか、今こそ現場を熟知している企業の採用担当者、大学の就職担当者がおおいに発言する時代が来た。

◇では、いま何を議論するべきだろうか。すぐ思いつくのは、ブラック企業、非正規労働、グローバル採用、新しい採用ルール「指針」などだろう。思い起こしてほしい。これらをテーマに企業側と大学側で、これまで論戦をしたことがあるのだろうか。

ブラック企業問題では、名指された企業のトップがマスコミに謝罪したり釈明したりしたことはあったが、大学側から告発したり、問題点を企業側に突きつける場面はなかった。しかし、ブラック企業と決めつけられた企業にとっては、それぞれの経営理念と独自の人事制度が機能していると主張、反省はしていなかった。

それならば、大学側でもマスコミ報道や風評だけでなく、卒業生にヒアリングをしたり、採用担当者に問い合わせたりしてもよかっただろう。経営方針と社員の働き方、社員の受け止め方、学生の職業観とのギャップこそが大学側や学生が知るべきことだったかもしれない。

ブラック企業と特異な経営方針や社風、人事制度を持つ異色企業とは何が違うのか、いまだに大学や学生には伝わっていない。それというのも企業と大学側が、ブラック企業問題を正面から議論していないからだ。このテーマこそ学生に企業とは何か、働くことの意味とは何か?を考えてもらうチャンスだった。

◇非正規労働の問題も新卒採用にとっては重要な問題だ。いまや新卒の非正規採用(短期契約社員)は、就職者の2割に達している。その内訳をみると、大手金融機関や運輸サービスなど学生の人気の高い企業も少なくない。だが、新卒非正規の実態は明らかにされていない。正確な数字もない。大学にとっては、総合職正社員でも非正規の契約社員でも、企業別の就職実績は同じだからだ。

こうしたなかで昨年来、非正規から正規への転換が目に付いている。その背景には何があるのか、実際にはどのような人材が正社員になったのか、非正規労働者は正社員への前段階なのか、将来はどうなのか、大学側としては知りたいことがたくさんあるはずだ。そもそもこの動きは、若手人材の不足、内部告発というリスク回避、技術移転、年齢構成のバランス是正という視点から論じられてきた。

だが、今後は限定正社員の広がりとともに、多様な働きかたとして非正規や限定正社員を積極評価する意見があってもよいのではなかろうか。企業と大学側で雇用形態についてもっと本音ベースで情報交換をしてほしい。

◇現在、企業側と大学とで議論を深める必要があるのは、グローバル人材の問題かもしれない。ここ10年、企業の海外展開の拡大とともにグローバル人材の問題は活発に論じられ、企業側からは繰り返し大学側に人材育成の要望が強くあった。それは即戦力となるような人材として、語学力、コミニュケーション力、一芸のある人材を育成せよという欲張りな注文だった。

だが、グローバル人材とは語学に達者な即戦力人材なのだろうか。大手メーカーの採用担当者によれば、グローバル人材は、コミニュケーション力がすべてだと断言する。だから大学で英語の授業をしたり、TOEICのスコアをあげたりするのは見当違いとも言う。これからの人材論として企業と大学の就職担当者、ときには大学の教員に加えて、もっとグローバル人材について論じる必要があろう。

◇最後に企業と大学がもっとホンネで議論してほしいテーマとして「指針」の問題がある。この「指針」は、大学教育を尊重するという正論から発想されている。そのため企業の採用担当者や大学の就職担当者からは、正論だが無理な注文と受け取られたが、そうとすれば、なぜ、この「指針」が検討され始めた時期に企業と大学がそれぞれの立場で主張を明らかにしなかったか。

もちろん大学団体や経済団体の内部では議論があったが、その経緯をオープンにしてもよかったのではないか。お互いの主張をマスコミなどで発表し、議論を巻き起こすなかで、新しいルールを決めてほしかった。結論がスッキリしなくてもお互いが何を主張し、どこにこだわり、どんな不安があるかを知ることが大事なのだ。その課題を多くの企業や大学、学生が知ることが重要だからだ。

その後、この「指針」については、各種調査によれば「遵守する」と回答した企業は半数にも満たないと報じられている。それにもかかわらず「指針」に反対と主張する企業も大学も見当たらない。「指針」は、政府のお達しだから反対とは言いえないだろうが、議論することも許されなくなった雰囲気さえある。そうなると企業は、建前と本音を使い分け、見えない採用活動を展開し、大学もこの動きに対応せざるを得なくなる。

この「指針」をめぐる議論は、これからの新卒採用や大学の就職支援を改革する手掛かりになるはずだ。初年度はすでにスタートしたが、年末には実施結果を見て企業、大学ともに論客を立てて議論をしてほしいものだ。新卒採用において企業の採用担当者と大学の就職担当者は車の両輪の関係にある。
お互いの主張は、マスコミなどを舞台にしてもっと広く論戦をしてほしい。

[15.02.03]
就職情報研究所 顧問 夏目孝吉

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